解剖学を学び続けたセラピストへ③
第3回
それでも、解剖学は必要なのか?
解剖学を学びすぎて迷い、
そこから一度、手放す勇気を持ったとき。
多くのセラピストが、
こんな疑問を持ちます。
「じゃあ、解剖学ってもう必要ないんだろうか?」
答えは、
必要です。
ただし、以前と同じ形ではありません。
解剖学を学び始めた頃、
それは「覚えるもの」でした。
筋肉の名前
起始停止
神経の走行
次の段階では、
「使うもの」になります。
ここを緩めれば
この反応が起きる
このラインで変化が出る
そして、
迷子になる時期を経て、
手放す勇気を持ったあと。
解剖学は、
意識して使うものではなくなります。
この段階では、
施術中に筋名は浮かびません。
でも、
危険な場所には自然と手が行かない。
無理な圧は、無意識に避けている。
今、触れていい深さと距離が、身体でわかる。
解剖学は、
頭にあるのではなく、
手と身体の中に溶け込んでいる。
これが、
解剖学が「身体化」した状態です。
ここまで来ると、
施術はとても静かになります。
何かを起こそうとしない。
変えようともしない。
ただ、
相手の身体の反応を受け取り、
それに手で応えていく。
すると不思議なことに、
結果は後からついてきます。
呼吸が深くなり
力が抜け
「安心した」という言葉が残る
それは、
知識がなくなったからではなく、
知識に振り回されなくなったから。
解剖学を学ぶことは、
決して無駄になりません。
一生懸命学んだ時間も、
迷った時期も、
手放す勇気を出した瞬間も、
すべてが
今の施術を形づくっています。
そして最終的に、
解剖学は「何かをするための武器」ではなく、
何もしすぎないための土台になります。
もし今、
学びすぎて迷っているなら、
それはちゃんと積み重ねてきた証です。
もし今、
狙わない施術に惹かれているなら、
それは怠けではありません。
それは、
セラピストとして成熟していく
自然な流れの中にいるということ。
解剖学は、
最後には消えるのではなく、
あなたの在り方として、
静かそこに残ります。
KAORI
エグゼティシャンアカデミーOsaka
住所:大阪府大阪市西区京町堀1-8-12 エクセル靭601
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